友人にマスクを作ったので郵送した。
手紙も書いて一緒に送った。手紙の方が厚みが増したので、手紙を送るついでにマスクを送ったような感じになってしまった。
その友人とはもう2週間近く毎日1折り返しずつであるが連絡を取り合っている中である。
雑談から政治的な話題まで幅広く話しているので片方のチャット内容を読むだけで2スクリーン分くらいを占めてしまうのだ。
そんな友人に送る手紙として、果たして書く内容があったかな。と思いながら書き出したわけだが、これが結局7枚の手紙になった。
まず最初に送ったマスクの説明を書いた。少し大きめに作ったから適当に調節してくれだの云々。そして次に、連絡を取り合う以前に私の身に起きた所謂身の上話を書いた。ストレスで瀕死になっていたのであまり友人に話さなかった内容であったのだが、もう今は元気であり心配をかけなくていい、というのと、手紙だと即座の反応を気にしなくていいので存分に長々と説明することができた。
チャットだと送る文章量や、相手からのレスポンスがつい気になってしまうのだが手紙は一旦一方的に送るので気持ちの整理がしやすい。
少し話が逸れるが「嫌われる勇気」という本に「課題の分離」だかなんだかそういう言葉があった気がする。自分がこう行動してそれを持って他人がどう感じるかは他人次第である。私が影響を与えて強制的に感じさせることはできない。馬を水飲み場に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできない、といった感じである。
何が言いたいかというと、自分の言動によって他者が自分に対してどう思うかが気になってしまうことが多いが、それは私が足掻いたところでどうしようもないのである。どうしようもないから考えない方が吉と言ったところである。
ところが、チャットなど即座に相手の反応が伺える環境ではついつい思いを巡らしてしまう。
手紙であると、読みながら返事を電話でしてくるような人でもいない限りそんな心配はないのだから、落ち着いて伝えることができる。
手紙の内容に戻ると、他に書いたのは最近読んだ本、映画の軽いレビューである。レビューというかおすすめしたのでその理由を1、2行くらい綴っただけである。
本屋映画は後になっても探すことができるので、もし手紙を残しておいてくれて読み返すことがあれば何かの参考になるかもしれない、と思ったからだ。
最後に災害に備えて備蓄をしておいて欲しかったのでそのことについて書いた。お勧めのそのままでも食べれるお米について書いた。
返事が送られてくるかわからないけれど、書くのが楽しかったのでまた一方的に送りつけるかもしれない。